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tetsuo yamaji
by tezzobasar
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20th of JAN.
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UCCA(Ullens Center for Contemporary Art)にいく。
昨年11月5日にopenした798最大級のアートホール。スイスベースのUllens財団によって創立された非営利的芸術施設。中にはバカでかいエキシビションホール3つに小さめのオーディトリアム、ショップ、カフェ、Reserch Roomと称された図書室などがある。入場料30元。

「中国第一次当代芸術運動」とされた今回の展示。
非常に教育的なテーマが本美術館が打ち出す方向性を明確に示している。
止めどなく乱雑な広がりを見せていた中国アートが外資の力によって体系づけられようとしている、といったところだろうか。

展示室入ってすぐ左に中国現代アート年表が貼られてあるのだが、それが毛沢東の死から始まっているのが印象的。
1976年の毛沢東の死をもって文化大革命の嵐がおさまり、おおよそ1980年あたりが中国現代アートの始まり、だと一般的に言われていたが、このように「毛沢東の死=アートの始まり」という図式をこのような教育的な美術館で見せているのがなにやら意味深い。
だいたい1980年ていったら僕の生まれた年。
僕たちの世代にとって、中国アートはその歴史が自分の同時代性に直接的にリンクしてくるおもしろさがある。


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呂勝中 Lu ShengZhong の切り絵インスタレーション。「招魂堂」

3000x4500x2500の小さな一室一面に広げられた小さくて赤いヒト型。
この赤の鮮やかさからbraviaのcmにも起用されている。


これは1989年に制作されたインスタレーションの再現。
僕が9歳のときにもしこの部屋に入ることができていたなら、何を感じていたのだろうか。


「うわ、おかん見てみー。赤いおっさんめっちゃおるでー。きも!目ぇ痛!」


とか。かな。


帰りに方力釣 Fang LiJun のおっさんの絵を買って帰る。
ただのポスター(80元)だけど、UCCAのLimited Edition。

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by tezzobasar | 2008-01-31 05:40 | ArT
4th of JAN.
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横須賀美術館
横須賀 神奈川
山本理顕


年明けそうそう開館日を狙って行く、横須賀美術館
展示が何なのかもチェックせずにとりあえず電車に乗り込み横須賀へ向かう。

日本ですばらしい公共建築をつくる建築家はたくさんいるいるし、東京に事務所を構える人もものすごくたくさん居るのだけれど、実は東京にその代表作がない、という建築家は山ほどいる。
いつも困るのが建築に関係のない人に「日本のすごい建築家」を説明するときだ。
例えばSANAAを説明しようとすると、「金沢の21世紀美術館をつくった」という説明だとピンと来ない人も多くて、むしろ「表参道のディオールをつくった」というと、ああなるほどね、すごいね、となる。磯崎新なんてほんとうに困る。世界中に作品があっても東京に代表作がないのだから。
悲しいかな東京という日本の首都は建築家によってつくられてはいない。公共的な役割までも市場経済でまかなってしまうほど東京の市場性というものはタフな存在なのである。

さて、そんなところで横須賀に建ったこの建築の立ち位置は「なんとか手の届く美術館」。東京から日帰りで行ける美術館という寛大な線引きをクリアしただけでもけっこう貴重な作品なのである。

場所は横須賀のまだ先、浦賀あたりのめちゃめちゃ景色のいい一画。
すらりと延びる庇は眼前の水平線に繋がってしまうほどにのびやか。なにか訪れるだけですがすがしくなるようなような優しい建築、といった印象を受けた。
この日企画展はやっていなくて、入れないスペースもあったのだけれど、展示室、屋上、カフェ、一通り回ってもその印象は素直にしみ込んでくるものだと思う。
いいものができてこの地域の人は幸せだな、と思える。

しかし、山本理顕という建築家を(一方的に)知る一建築っことしては少々物足りなさを感じた。なにか批評性が足りないのではないかと。
ガラスの箱と鉄の箱が入れ子になっている形式はおもしろいし、それぞれガラス、スチールという特性と機能性が合わさったスマートな解答だと思う。けれどもその関係性をつくっているのが「丸窓」というのが少し残念。なんというか、ものずごく謙虚な道具と方法で調停しているなと。
山本氏が東雲キャナルコートでみせてくれた、すがすがしいほどに暴力的な批評性は確実に「事件」だった。日本でいる時は気付かなかったけど、今僕の働いている「建外SOHO」もものすごく批評的だ。何かを変えてやろう、新しいモデルをつくってやろう、といった明快な意思がひしひしと感じられたし、それに感動した。
ミースのレイクショアドライブアパートメントだって最初は非難が集中して不動産価値は最悪だった。売れる建築がけしていい建築とは限らないのだ。
こっちまでどきどきするようなとんがった建築が東京、関東圏内にもっとできることを期待したい。
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by tezzobasar | 2008-01-17 03:11 | ARCHI.info.
2th of JAN.
香川→東京です。

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新年明けました。
富士山ってほんと美しい。
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by tezzobasar | 2008-01-17 02:43
30th of JAN.
北京→香川です。


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瀬戸大橋を渡って香川にさしかかると、まずお出迎えしてくれるのが坂出の「番の州工業地帯」。僕はこの工業地帯の景色が好きで、帰省のときはできるだけ左側の席の窓際に座るようにしている。
海に浮かぶコンビナート。鉄錆びた固まりが圧倒的なスケールでごちゃごちゃと寄り集まっており、さらにはそいつらがパイプやら階段やら橋やらでざくざくと連なっている。この環境にして明らかにじぶんが邪魔者であるにもかかわらず、周辺に浮かぶのどかな島々に決して馴染むことの無い排他的な建ち方に何かハードボイルドな背景を感じてしまう。

明石大橋開通を控え、坂出市を視察した鳴門市職員は「うちは橋のたもとに工業地帯がないのが幸い。この景色は最悪ですね」と言い放ったそうだ。
工業化時代には、瀬戸内工業圏を牽引する立場としてもてはやされ、坂出市に潤いをもたらしたこのコンビナート。2度の石油ショックと円高不況によって関連企業は一気に減産。現在の従業員数は当時の4割にまで落ちた。
コンビナートは自己完結性の高い構造のために短期的な効率を高めるが、関連企業を育てず、また地場産業の介入を許さない。閉鎖性の高いシステムのもろさがはっきりと示されているようだ。

現在、坂出市はこの勢いを失った工業地帯を「美しい景観を失った経済的代償」といったように見ているらしい。
しかし僕にはこの景観が悪いものだとも思わないし、むしろ点々と並ぶ島々と対比的に浮かぶこの「機械島」を愛らしく思う。そもそも美しい景観を失った、などという回顧的な意見が気に食わない。短期間といえ坂出市に恩恵をもたらしたこの超大型マシーンをなんとかしてポスト工業化時代の今に活かすことができるのかを考えたいものだ。
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by tezzobasar | 2008-01-16 03:51 | ARCHI.info.